東京都庭園美術館に、「ベルギーが生んだ異端の画家 ジェームズ・アンソール(James Ensor)展」を観に行く。(6月12日まで)
前も書いたけど、旧朝香宮邸を美術館とした雰囲気あるアール・デコ調の建築。
骸骨や死神を好んで描いたアンソールは、上記リンク先の「仮面と死神」がもっとも有名だが、例えばその絵も、実物は色の一つ一つが毒々しくて凄みがある。左下の人物の着ている服の赤は、鮮血の様。
休憩室(二階)より、庭を望む。
月別: 2005年5月
時代の香り
日芸(江古田)で「エリオット・アーウィット(Elliott erwitt) オリジナルプリント展」なるものをやっているというので観に行く。(6月17日まで)
あんまりこの人の写真って好きでは無いんだよなぁ。ユーモア云々と云いつつ野暮であからさまで… けどプリントを観に、行く。
久々に学食で冷やしたぬきうどんを食べる。もう無かったから作ってもらう。
上野の都美術館で、「アール・デコ展 -きらめくモダンの夢-」を観る。「アール・デコ」なんても、日本の大正期の「モボ・モガ」からローランサンからライト(松岡正剛氏による「ライト自伝」の書評 ISIS立紙篇)から杉浦非水(三越ミュージアムによる解説)まで、範囲が広くて最初は捉えどころが無かったけど、どうやら観終わるまでには「アール・デコ」の何たるかがおぼろげながら見えてきた、と思う。
けど総じてハデハデで(これは好みとしてハデハデなのであって下品なハデハデでは無い。一応。)、三十分程でサーッと観覧。
こういう見方をしていると、目に止まる物があって、それが添え書きを見てみるとライトの作品だった。
僕は小学校に上がる前、自由学園の幼児生活団にいて、ライトのデザインに浸っていて、ひかれるらしい。
訳分からんながらも、ガキの内に良い物にふれておくというのは大切だと思う。
「暗いー」だの「つまんないー」だのぐずる小さい子をなだめながら美術館に来ているお母さんなど頬笑ましい。
日芸の学食から外を見る。解体中。
花瓶の底
北柏の喫茶店「Calla(カラー)」にて。
ブクブクブク…
京橋(銀座)の「ツァイト・フォトサロン」にて、楢橋朝子作品展「half awake and half asleep in the water 04/05」を観る。(本日まで)
題名の「half awake and half asleep」。直訳すると「半分起きて、半分眠って。」。とどのつまりは「寝ぼけ眼」。写真は全て、画面上が(かろうじて)水の上、下が水の中。起き抜けにいきなり水の中に居たら怖いな〜。という話。
この人の写真は、何か体の奥底の感覚を呼び覚ますような感じが面白い。黒板を爪で「キーッ」みたいな(違うか)。
病み上がり
凄い。朝、風呂に入ってから鏡を見たのだけど、絵に描いた様な「くま」。目の下が野球のキャッチャーのようになっている。
三時に新宿で打ち合わせがあり、良い天気だからと実家の近所の善福寺公園を散歩。
空元気記
話は一昨日の金曜日(十三日)にさかのぼる。上野に買い出しに行こうと思ったが、もしやと思い柏にできた「ビックカメラ」に行くと常用の白黒フィルム(安い)があり、駅ビル(高島屋)の中のCD屋には一昨日観た映画「エレニの旅」のサウンドトラックCDがあった。買い物終了…
(傍にあった大きな本屋には、写真集コーナーさえ無く、「サルでも分かるウインドウズ」みたいな低俗な本ばかりで、少し安心?)
少々悪寒がしてきたので素直に帰宅。
なんて思っていたら見る見る来ました、風邪。
ただ明日はmixi(SNSの一種)の「五月二十一日誕生日コミュニティ」のオフ会があったので、これではまずいとフラフラしながら近所のスーパーに行き、大根と白菜と鶏を買ってきて水炊き。大根をおろすのが辛かったです…
翌日も夕方まで布団の中。バス停の前の薬局で、千幾らする朝鮮人参ドリンクみたいな液体を流し込み、新宿へ。
「カフェインしか入ってないんじゃないの?」的なのと違って、ぐんぐん効いてきます(空元気だけど)、伊達に千幾らは取らないですな。
「オフ会」?何かよう分からんかったですよ。
で、そのまま西荻窪の実家に帰り、一日ぶったおれ続けております。現在午後五時。このまま寝ているとビーフシチューができあがるんだそうな。
実家って良いなあ。(しみじみ)
「土ぼこりの匂い」(エレニの旅)
映画「エレニの旅(予告編)(テオ・アンゲロプロス監督)」を観た。
幼くして孤児となり、幼なじみの男との間に子をもうけ、第二次大戦に飲み込まれゆくギリシアの近代史の中の、一人の女性「エレニ」と、一つの国の、旅の、物語。
前編通して「土ぼこりの匂い」とでもいうような「匂い」が漂っている。なんとも云えないのだが、イラン・トルコ映画の秀作にも共通した「匂い」があると思う。
その匂い立つ映像の一つ一つが美しい。
宮沢賢治の小説に共通する匂いもあるが、それは、「『湿った』土ぼこりの匂い」だと思う。
主役のエレニ役の「アレクサンドラ・アイディニ」が、あどけなさの中に芯の強さを持つ女性を演じている。
ギリシア映画という事でもしやと思ったら、字幕翻訳は作家の池澤夏樹氏だった。
映画館の近所の富士フォトサロンに行ったら、就職した「ササキスタジオ」の写真展か何かで、日芸の同級生が居た。
このまま帰るのもしゃくなので、上野の国立西洋美術館にて、もう一度「ラ・トゥール展(5月29日まで)」を観る。
寒い、だから鍋。
新聞の役割
今日はやたらメールや日記(ブログ)の反応が良いなと思ったら、世間は(というか日本は)休日だった。
数日前の朝日新聞で、一週間ほど前の、福知山線(宝塚線)の脱線事故の遺体安置所となった体育館で、画面に「自宅」と表示されて鳴り続ける亡き人の遺品となった携帯電話。という記事を読んだ。
今や、最新の情報を得るために新聞を広げる人は居ないだろうけれども、現代の「新聞」というのは、こういう部分を大切にして欲しいと思う。