社会より個人へ

国立近代美術館にて、「ゴッホ展 孤高の画家の原風景」を観た。(5月22日まで)客観的な「色」より、狂気にかられた主観的な、雰囲気としての「色」が、なんとも。
ゴッホの同時代の、いわば「おまけ」として展示された人々が豪華で、始めて実物を目にしたゴーギャンの絵に目が行った。
韓国映画「大統領の理髪師」を見た。
「大統領の理髪師となった市井の床屋の主人が翻弄される内部の政争と国家。」のような内容に期待して(予告編は明らかにそちらの方向に誘い込もうとしていた)観に行ったのだが、本編では社会よりも個人へと向かう主人公(市井の床屋)に視点が移っていって、どうも…
「個々人の幸福」を追求する事を非難するつもりは毛頭無いけれど、「映画」としての視点は(他の表現芸術と云われる物も併せ)、やはり時代の流れとして(韓国という国でさえも)、ご多分に漏れずそういう方向に向かってしまうのか、と思いつつ。


ただあてど無く続く日常


岡山県の瀬戸内海に面した鷲羽山(わしゅうざん)の眺め
霞を喰って生きているわけではありません。
なんとか帳尻合わせというわけで、昨日から家に籠もってパソコンに向かっております。「一応」働いております(つもりです)。
仕事ばかりしておれないのも辛い所で、冷凍庫の掃除をしようとして冷蔵庫を壊しました、買いました(出費)。そしてシーツを破きました、買いました(出費)。もっと鮮やかな青だと思ったのだけど。それが写真その一。
ゴミを出して、回覧板を廻して、御飯作ってこの季節の菜の花おいしいんだよな。
ふと外を見たら、縁側に近所の(らしき)猫が座っていました。コラッ…
瀬戸内の、児島は鷲羽山にはもう一度行きたい。
下電ホテルの更に先にある、児島のユースホステルの眺め。(地図下電ホテルと瀬戸大橋を望む。21日の写真。


花粉症


花粉症」というのは誠に業界にとってありがたい病気であるそうな。
毎年ちゃんと定期的に発病してくれて、完治する事はまず無い、それどころか患者は増えていく、そして命に関わることも無い。
毎年医薬品業界やその他の花粉症に関わる業界(マスクやティッシュなんか)を潤してくれる。
で、何が云いたいかというと、私も遂に花粉症の仲間入りらしいのだ。外に出ると鼻水が無間に出てきて、ティッシュが無くなってしまう。
現代人として認められた様でもあるけど、春が「良い季節」じゃ無くなるのはイヤだから意地でも逆らって、蒲団は干す。
ここ数年アレルギー性鼻炎が なりを潜めて安心していたから、余計辛い。
横浜から出ている「相模鉄道」に乗ったら、窓の上げ下げがボタンでできる。楽しくて、寒い中何度も「ガーッ、ゴーッ」。


観た、それだけ。

映画「北の零年」を観た。なんか全てが予定調和のメロドラマで、最後は「力をあわせて農民が鍬(くわ)を持てば権力集団にをも勝つ!」ってんで、吉永小百合が農民相手にアジって「ジャジャーン(完っ!)」って、どういう映画やねん…
少なくとも、観客は泣きに来ているんじゃ無いと思うぞ。
新宿のコニカミノルタプラザにて
フォト・プレミオ 梶原健二写真展「小鹿田(おんた)」』(31日まで)
フォト・プレミオ 西山方康写真展 「こども」』(31日まで)
尾辻弥寿雄写真展「長崎 -照射する夏-」』(31日まで)
を観る。
やっぱり "Visual impact" というか、何か目をひく物が必要だと思いますよ。


東京の空気

朝九時に近江八幡駅を出て、夕方五時に東京駅着。乗り換えも少なく行った方で、近江八幡米原(まいばら)-大垣(おおがき)-豊橋-浜松熱海(あたみ)-東京
名古屋周辺と阪神間は「新快速」なる特急のような列車が走っている。どちらもJRに沿うように私鉄が走っていて、サービス&安値&スピード競争を繰り広げているらしい。
「岐阜」駅から車掌さんが「JR東海の快速では、名古屋まで18分で結びます。お出かけの際には、是非JRをご利用ください。」だそうな。
17:06 東京駅着。これから山手線に乗るのだが、既に始まる帰宅ラッシュ。
しかしこの、道行く人が誰とも知れぬ雑踏が、心地良くもある東京人。


保存された町並み

鷲羽山ユースホステル前のバス停
昨日ここ(児島の鷲羽山)に来たのは夜だったので気付かなかったのだが、眺めが素晴らしい。こちらの人に云わせれば当たり前なのだろうが、瀬戸大橋と瀬戸内海の小島、そこを行き交う船、対岸の坂出を見晴らす絶景。
それを眺望しながら、朝御飯。もう一度ゆっくり来たい。
と思いつつ次の滞在地、琵琶湖のすぐ南に位置する、滋賀県は近江八幡駅の案内)へ。
近江八幡の町並み

ここも夕食まで時間があるので「近江商人の郷」として保存された町並みを散策。町全体がテーマパークの様。旧家の殆どは人が現在も住んでいて看板だけで入れない。町並みを保存するのは良いけど、普通に生活を営んでいる、保存させられる方はたまったもんじゃ無いな。観光客を呼べるから良いのかもしれないが…
近江八幡ユースホステル
その日の宿「近江八幡ユースホステル」は明治時代の建造物。窓から外を望む。


宇野ぶらぶら

瀬戸大橋を渡る列車より
朝、松山を発って昼頃瀬戸大橋を渡り本州へ。一旦岡山まで行きかけ、茶屋町から宇野線で終点、「宇野(岡山県玉野市)」へ。
ここは瀬戸大橋が無かった頃、本州と四国(高松)を結んだ「宇高連絡船」の港。
今夜の宿は児島(こじま)にある鷲羽山(わしゅうざん)のユースホステルなのだが、一番近いJRの駅「児島」から出ているバスは最終が四時台、国定公園だから遅くに行く人も無いんだそうな。七時頃児島駅まで車で迎えに来て貰える事になっていたので、それまで(宇野駅を六時頃出る様な電車に乗るべく)、宇野近辺をぶらぶら。
海岸線に沿って歩いていたら見るからに廃線跡という整備された遊歩道(周囲の家が避けている)を発見、帰宅してから調べたら、昭和47年に廃止となった「玉野市営電気鉄道玉野ローカル万歳)」の跡だとか。
いつもながら、瀬戸大橋を渡る電車からの眺めは良い。