やっとNikonCapture

写真の話です。
その事に気付いたのが今年の初め、問い合わせをしたのが3月1日。何も反応が無いので「どーなってるの?」と催促したのが5月ぐらいだったっけな?
やっと昨日ニコンサポートの方から電話があって、その不具合(私のD2xや友人の買ったD200でイメージダストオフが効かない)が修正されたアップデータを出したという事だった。
まだ使っては居ないけれど、あちら(Nikon側)でもこちらの言った不具合が同じように起きたという事なので、大丈夫だと思う。
しかし同じ様な症状に悩まされている人が居ないかググっ(Googleで検索)てみたけれど他に出てこないし、3月の不具合の記事には何の反応も無かったし、MacOS10.3のG4で、NikonCatptureを使っている人は余り居なかったらしい…


金沢観光(山代温泉も)

ただ今特急「はくたか」の車内。お茶を飲みながら、これを書いている。
窓の外の立山連峰は霞んでいる。
卯辰山から望む金沢市内
朝、山の上の金沢ユースホステルで目を覚まし、卯辰山の見晴らし台に朝の散歩。
今日は金沢二時過ぎ発の特急で越後湯沢に出て、上越新幹線で上野には六時過ぎに着く予定。
しかしそのまま帰るのも癪だし、お昼過ぎまで閑だし、金沢駅に行くバスを途中で降りて、百万石の古都を散策。
金沢市内の静明寺
「静明寺(じょうみょうじ)」なるお寺。普通のお寺なのに何か武張った感じがする。
金沢市内を流れる浅野川にかかる梅ノ橋
河沿いを戻る形で河沿いの主計町茶屋町(かずえまちちゃやまち)というお茶屋さん(芸者や舞妓を呼んで飲み食いするお座敷)が並ぶ一角へ。河縁に縦の細い格子が並ぶ風情のある町並み。写真はその対岸。
金沢と言えば取りあえずは兼六園(けんろくえん)まあ何て事の無い庭、皇居の前の所とどっかの料亭の庭を合わせた様な感じ。
兼六園
うねうねと大きな松。こういうのがたくさん生えている。
兼六園

昨日旅館を出た後、折角なのでという事で、その担当者と近くの山代温泉(やましろおんせん)へ行く。ここは若き日の北大路魯山人(美食家、陶芸家、篆刻家。)が滞在した所で、その家屋が残っていて(「いろは草庵」と名付けられている」・体験記)、陶芸の作品が展示してある。
小さいけれど、良く手入れされた家と庭。
北大路魯山人が逗留していた山代温泉の「いろは草庵」
北大路魯山人が逗留していた山代温泉の「いろは草庵」
北大路魯山人が逗留していた山代温泉の「いろは草庵」
山代温泉を少し歩く。
山代温泉
特急の「はくたか」車内より越後平野を望む(六日町辺り)
特急の車内より越後平野を望む(六日町辺り)。(帰宅後追加)


金沢

出発を待つ北陸鉄道内灘行きの電車
金沢に着いてまずしたのが明日の列車の切符を買う事。二時過ぎに金沢を出る特急で越後湯沢に向かい、新幹線に乗り換えて東京へ帰る事に。やはりこのクソ重い荷物を持って方々をウロウロする気にはならない。この仕事からの解放感がある内に帰ろう。
次は観光案内所でauショップとWillcomプラザ(以前はDDIポケットと言った僕の新しいPHSのお店)の場所を聞く。携帯電話とPHS両方の電源が切れてしまったから充電してもらわないと。
…駅を挟んで対角線上に二つのお店がある。
19:52金沢駅発の北鉄バスに乗って、ユースホステルへ。
金沢ユースホステルは市街地から二キロ程入った山の上。
ところが(当たり前なのかもしれないが)ここはPHSの電波が入らない。(ので画像は明日)
金沢駅の地下の北陸鉄道ファンサイト)の金沢駅で、次の「内灘(うちなだ)」行き電車の改札が始まるのを待つ帰宅途中の女子高生。


小さな旅の始まり


写真撮影は昨日終わって、今日は帰るのみ。朝は旅館の食事を担当の女性(勿論部屋は別だけど朝ご飯のみ食べに来た)と部屋で食べ、チェックアウトして加賀温泉駅へ。
彼女はそのまま特急で大阪へ、僕は反対を向いて鈍行の金沢行きに乗って小旅行。せっかくここまで来たのだからこのまま帰るのはもったいない、金沢のユースホステルに一泊して、明日帰ろうかと。
鞄は重いし三脚もあるけど、ボックス席に腰掛けて、少々ののんびり旅の始まり。


米原経由で金沢へ


昨日突然、今日の金沢出張が決まり、今9:36東京発の新幹線の中。信じられないことだが金沢に行くのに、新幹線で一旦琵琶湖の端、もう少し行ったら京都という米原(まいばら)まで行って、それから北陸に入った方が早いそうな。
大阪の、今日の担当の人と米原で待ち合わせて、一緒に行く予定。
「ひかり」新横浜の次は豊橋だそうな。静岡は日本の地理から抹殺されつつあるな…
取りあえず朝ご飯。東京駅と言ったら崎陽軒(きようけん)シウマイ弁当でしょ!という事で。
(新しいPHS W-ZERO3es に入るminiSDカードを買ったので、デジカメの写真の入ったSDカードをそれにして写真もその場でアップロードしようと思ったら新幹線が止まらないのでさすがにPHSがつながらない。豊橋でこの記事は投稿しよう。)


すいかを食べる機会を失って

先々週の日曜日、農家の人から小玉すいかを買ったのだが、それから日を追う毎に涼しくなってきて、暑くなってきたら食べようと思ったまま冷蔵庫に入っている。
こないだ産まれた赤ちゃんの名前が、「悠仁(ひさひと)」に決まって、身の回りの品に付ける「おしるし」は高野槇(こうやまき)という木になったそうだ。僕の通っていた幼稚園、自由学園幼児生活団にも同じ様な「おしるし」制度があったけど、僕の「おしるし」は犬だったなあ確か…


佃煮を買いに

昨日は久我山のピアノの先生のiMacが壊れたので、銀座のAppleStoreまで(運んでもらう事も可能だけどそれも面倒だし)井の頭線から地下鉄銀座線に乗り換えてえっちらおっちら運んだら、結局そのまま持って帰れという事になり、
今日、左腕が少々痛い。昨日の様に「腕が笑う」状態ではないけれど、両腕で運んで左だけ痛い。いかに普段左腕を使っていないかという事だなあ。
今日はまた、鹿島鉄道で霞ヶ浦の湖畔を歩いて、ついでに佃煮でも買って帰ろうかと昼前に我孫子を出る。
去年のダイヤ改正で上野から来ても我孫子から成田線に入る列車が増え、天王台や取手に行くのは減ってしまった。そのせいで二十分以上も待たされた人が一緒に乗って、高萩行きはなかなかの混雑。けれどもボックス席の進行方向を望む窓際に座って、外を眺めながらペットボトルの紅茶を飲む。
石岡で乗り換え。1,100円のフリー乗車券を買って石岡を発つ。
車両は1936(昭和11)年製のキハ601とかいうの。ゴンゴンゴンゴン…という気動車独特のエンジン音を響かせて列車は進む。
車内はカメラを持った鉄道マニアが殆ど。運転台をパチリ、床をパチリ、天井をパチリ。鑑識か?
鹿島鉄道キハ601車内
こうなると携帯用ゲームをやっているのが正しい車内での姿に見えてくる。
以前も降りた、「玉造町(たまつくりまち)」駅構内の食堂で、ざるうどんを食べる。
玉造町駅構内の食堂
「鹿島鉄道」の腕章を付けた四人組が居たので、鹿島鉄道のホームページの沿線案内に出ていた今日の目的地、「櫻井商店」なる佃煮屋さんの場所を訊くと、霞ヶ浦の湖岸を歩いていけば水神様の鳥居があってそこだからすぐ分かるという。
「関鉄レールファンクラブの会長から聞いたと言えば良いから」と言われたけど、そう言うと何か変わるのだろうか?ともあれこの人達はこういう集団だという事は分かった。
列車を待ってそこから「浜(はま)」駅まで一つ戻り、コスモスの間を抜けて駅を出て、
鹿島鉄道「浜」駅
隣駅「八木蒔(やきまき)」の佃煮屋を目指して湖岸を歩く。玉造町駅の待合い所でも、道の途中でもその佃煮屋の事を聞いてみたけど、皆知っていた。地元では有名な店らしい。
途中、湖に向けてカメラを構えている人が居たので何かと思ったら、霞ヶ浦の帆引舟(ほびきぶね)だった。
霞ヶ浦の帆引舟を撮る人
霞ヶ浦の帆引舟
その佃煮屋は看板も何も無くて、知っている人でなければ佃煮屋さんとは分からない。夫婦でやっている普通の工場の様。
佃煮をお茶受けに、冷たいお茶を頂く。
再び湖岸を隣の「桃浦」駅に向けて歩き出す。
霞ヶ浦で釣りをする親子
鹿島鉄道「桃浦」駅
「桃浦」駅はホームにベンチもない。ホームに座って列車を待つ。昔は駅前に海水浴場ならぬ湖水浴場があって、大層賑わったそうだが。
鹿島鉄道「桃浦」駅
鹿島鉄道キハ601
という訳で帰りの常磐線。ボックス席の窓際に陣取ったのは良いけれど、外はもう真っ暗、七時半。


手がいわし臭い

昨晩はいわしを買ってきて三匹ほど刺身にしてみたのだが、いわしって包丁を入れる度に身が崩れていくので、包丁は最小限にとどめ、手で身を剥がすようにしていくとうまくいくのね。
それを肴にちびちびやっていた内は良いのだが、@CHaTで会話している内に、イタい人をからかって遊んでいたら(向こうも同じように考えているだろうが)酒が進んで結局、何を喋ったんだか記憶に無い。気が付いたら午前一時で寝たような、めのうさんに「もう漫才は終わり?」と言われたような(ムカ)。
で、案の定頭も痛く腹もこわして山手線の車内。夜は友達と呑むんだけどな〜。



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