今宵の食卓


左から、スーパーで買ってきたかつおのたたきと、その下がなすを焼いたの、御飯の上は豆腐が器に入り切らなくて折れ曲がっているけど冷や奴。そして右上が生姜をおろしたもの、あさりの味噌汁。
何が言いたいかというと、生姜を食べたかったのです。明日農家の人が来る日で、茄子も食べてしまいたかったし。


嬉しい事

昨日(主に一昨日だが)仕事の上で嬉しい事があった。
現在、取引先のI社が建築設計事務所なんかに配布するカタログの作成が追い込み状態で(私は写真を撮る方だから追い込みは関係ないのだが)、昨日新宿の会社の会議室で色校に関する打ち合わせがあり、一昨日はそれが上がってきたとの事でドキドキしながらそれを築地の方に見に行った。
なぜかと言えば、これまで主に4×5インチの大きなカメラ例えばこんな)で写真を撮って、使っていたのだが、今回はそれの殆どをデジタルカメラでの撮影に切り替える事になり、その2/3程の撮影(関東の物件の全てという事になる)を任されていたのだ。
学生時分にそこの社の卒業生に声をかけられて数年、社内や営業で使われる事例の写真とは違い、印刷で自分の撮影したデジタルカメラの写真がどうなるか初めての事で、不安だった。頭では幾ら1,200万画素の画像がどのように精細か分かっていても、それはあくまで民生用のインクジェットプリンタやレーザープリンタでの話、書籍として印刷された場合、どうなるのか本当に不安だった。
一昨日、初の色校正(印刷機で出力された物)ができたというので見せてもらったが、4×5インチの大きなカメラで撮られた物と比べて全く遜色なく、むしろ今回はそちら(4×5インチのカメラで撮られた一部の画像)の方が、色再現の点で劣る点が多く見られた。もちろん、その為には数々の労苦や技術の駆使が(一応)あるわけで、只、画素数の多いカメラを買ってきて撮れば良いという物では無いが。
今後、胸を張って印刷物にも使えるような建築写真を撮っていく事ができるという事が言える訳だし、自分に自信もついて、本当に嬉しかった。
銀塩写真と違って(白黒写真ならば現像時間によって調節する事が可能だがこの際置いておいて)それを調節する事も可能なので、天候や光の条件によってトーンを操作する事も必要なのだなと思った。


「カサノバ」

昨日、映画「カサノバ」を観た。
ローマカトリックの道徳観が唯一無二の正義であり、それに反する者は全て異端でありそれだけで処罰の対象になった時代、イタリアのベネチアに現れた伝説の女たらし、遊興人、カサノバ。
絢爛豪華な時代絵巻… と言いたい所だが、豪華さも中途半端、ウソっぽい調度品に説得力は無い。内容は調子よく全てがうまくいく物語。
説得力が画面、内容とも無い映画だった。


旅終わり


席に付いたテーブル。「こじる」ってどこの方言?

こちらは洗面所の飲料水用コップ。回すと畳まれた紙コップが一枚、出てくる。

電車の片側はベッド、片側が通路になっている。壁に畳まれている椅子を倒して外を眺める。「おもひでぽろぽろ」で田舎に行くタエコが寝台列車から外を眺めていたのはここ。
二週間の旅も終わり。昨日の16:00に熊本を出た寝台特急は、9:58に東京に到着。
感慨に浸る間も無く銀座のアップルストアへ。後数日でアップルの有料サービス「.Mac(ドットマック)」の期限が切れるので、更新してサービスを継続しないといけないのだが、クレジットカードを持っていない僕は、店頭でパッケージ版を買わないといけないのだ。
そして常磐線いわき(旧「平{たいら}」)行きに乗る。ボックス席で、しばしの旅情。もう良いよ、旅情。
とりあえず帰ったら風呂に入りたい。昨夜も今朝も寝台車の中で、風呂を浴びて無いのだ。
それと梅雨時に放っておいたカメラのレンズ達も心配だ。帰ったら部屋の窓を明け放とう。
パソコンは旅先からも持っているClieで操作できるようなソフトを起動して点けっぱなしにしていたけど、どうなっているだろうか。


おはようございます…

「おはようございます…」というアナウンスに起こされた。現在六時二十分。次は浜松だそうだ。昨日最後の停車駅が岡山だったから、寝ている間に随分来たもんだ。
霞んではいるものの、一応日がさしてるではないか。こうやって、毛布にくるまりながらベッドの中で、過ぎゆく朝靄に霞む景色を眺めるというのも寝台車ならではの楽しみ。

浜松の次は静岡か。あ、掛川だ。天浜線だ。覚えたぞ。


夜汽車はゆく

ついに関門トンネルをくぐり、下関へ。門司では大分よりの寝台特急「富士」とくっついた。

門司駅には6:50頃着き、7:15に発車で、その間明日の朝名古屋までは車内販売が無いので弁当やビールやおつまみを買う人が浴衣を来て駅をウロウロしていたのだけど、到着したホームからはすぐに扉を閉めて列車は出て待避してしまって、後から入ってくる大分からの「富士」を待っている。(逆方向だけどこんなの

くっつくのが終わる間浴衣のオッサン達はホームをうろうろ。
夕飯(熊本駅で買った弁当)を食べ、現在缶ビールとさきいかを堪能しつつ夜の山陽本線を走る。
あ、「宇部(うべ)」に着いた、どこだここ?
通り過ぎる家のあかり一つ一つに団らんがあるんだろうなあ。
あの街灯の下に放り出されたら寂しいだろうなあ。
なんて事を考えながら缶ビールをちびちび。良く電車の中で線路の音を子守歌にこのまま寝られたら幸せだなあなんて事を考えるけど(朝の通勤電車のでその夢を実現されている方がよくいらっしゃるが。)、それを実現してくれる寝台列車


さらば九州よ


ただ今寝台特急「はやぶさ」熊本発東京行きのB寝台の下段のベッドに座り、毛布を膝かけに、浴衣を羽織って缶ビールを呑みつつ、あえて付記するまでもなくくつろいで、これを書いています。
阿蘇より熊本までは、大分よりの特急が来なくて、それに乗る客が全て流れ込んできたので、思いの外混んだ普通列車だったけれども、そのお陰で、車内で知り合ったドイツ人(日本語ペラペラ)が四時の寝台特急の出発までの間、閑つぶしにつきあってくれることになりました。

どしゃ降りの雨の中、一緒に熊本城に行きました。天守閣内部はコンクリートの博物館になっていて、どうも…でしたが。

そしてお城の前にあるアーケードの中でラーメンを食いました。


荒天

阿蘇の朝。天気悪いし(本当はこういう景色が見られる筈だったのに…)、なんかもう疲れたし、梅雨時に放っておいた家も気になるし、今日四時に熊本から出る寝台特急で帰ることにしました。
鈍行を乗り継いで行くのは疲れたし、寝台特急好きだし、丁度良いや。博多から新幹線で帰るより割高なのは腹が立つけど。

阿蘇発10:33の鈍行なのだが、大分からの特急が大雨で一時間程遅れてその乗客が鈍行に…


阿蘇山から熊本へ。スイッチバックをして列車は下っていく。


阿蘇

日豊本線の特急「にちりん」を大分で降り、豊肥本線(阿蘇高原線)を阿蘇に向かう。
「九州で一番高い(標高と言いたいのだろう)駅」の看板のある「波野(なみの)」駅まで、一両だけのディーゼルカーはエンジンを回しっぱなし(普通ディーゼルカーはある程度のスピードになると平地ならエンジンを切って慣性で進むが)。



外輪山(クレーターみたいなのの中に阿蘇はある。)の上の波野駅を過ぎると外輪山の中の阿蘇に滑り込んで行く。


阿蘇への列車への乗り換え駅、宮地(みやぢ)駅に着く頃には、時折強い雨が打ちつける荒天に。
雨の中宿まで歩き、荷物を置いて、ユースホステルの人に車で駅前の温泉まで送ってもらう。風呂の種類は色々あるけど、温泉の質としてはどうか?レジオネラ菌とか言って、清潔な公衆浴場を目指すとこうなっちゃうのかね。
湯から出て、前のラーメン屋でビールを呑みながら味噌ラーメンをすする。甘い…



Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /virtual/masudaarata/public_html/www.masudaarata.com/photodiary/wp-includes/formatting.php on line 4387