マルエーフェリー

千葉で英会話講師を殺して二年半逃げ回って先日捕まった一橋達也って、同い年なのね。そして大阪の港でフェリー会社の社員の通報によって捕まったという事だけど、その会社はマルエーフェリー。僕が鹿児島から奄美大島に行った時と同じ会社。
僕も違う港(鹿児島本港に行かねばならないのに鹿児島南港)に行ってしまって焦り、港の人に訊いて鹿児島南港から出る喜界島経由の船(鹿児島本港から出る、乗るつもりだったのは直接奄美大島に行く船だった。)に乗り、奄美大島に行ったのだった(お陰で船内で徳之島の人やらに会えて面白かったけど)。
その時に港のマルエーフェリーの事務所の人に色々訊いたんだが、フェリー会社の人の通報で捕まったという事は、僕も怪しまれていたんだろうか?
なんて事を思っていたら、今朝東京から鹿児島に向かっていたフェリーの船体が傾いて全員救助されたとか。テレビに映ったのは「マルエーフェリー」。数日に一度、東京の有明桟橋から鹿児島の志布志(しぶし・かなり宮崎に近い四国側の南郷とか油津の方、鹿児島の端の方。)を通って奄美大島、那覇に行く便だった。
しかし救助された全員の内訳が、「乗員21名、乗客7名。」って。


行動の記録

明後日からの検査入院に必要な家族の同意書を受け取る為、昼過ぎに我孫子を出る。
新宿で降りて、コニカプラザに写真を観に。
写真展と一緒にやっていた絵本の原画展が思いの外面白い。筆の勢いや引っ掻き傷やら。もちろん、「こんなトコにこんな事してる人が居るよ〜」という絵本本来の?楽しみもあり。
長居をしてしまって丸ノ内線で南阿佐ヶ谷の区役所へ。もうラッシュは少し始まっているらしい。
区役所にはもう最上階のレストランは無いようだ。
用事を終えて、アーケードを歩く。車椅子の障害者福祉会館で知りあった人に会う。はてさて向こうは分かってくれたか。


ピータン中毒

最近、ピータンが大好きだ。
殆ど毎晩、ピータンを食べている。醤油をたらすとその香ばしい香りが硫黄の臭いと混じり合い、なんともウマい。
そもそも八年ぐらい前、中国に行った友人が青島(チンタオ)のピータンを買ってきてくれたのだが、そのまま部屋の隅に放置されていた。病気もし、しばらく入院して我孫子に戻りそれから数年、それを見つけたけれど、藁屑の混じった泥にまみれた不思議な物体で、気味が悪いので放っておいた。しかし数年前、ビニール袋の表に「皮蛋(ピータン)」と書いてあるのを発見し、台湾の友人の「保存食だから大丈夫だよ〜」という無責任な助言もあり、カラカラになった藁屑の混じった泥を崩して中の卵の殻を剥いてみた。皮を剥いただけの透過する黒い白身の状態だのに、既に強烈に臭い。いや臭いとかそういう話ではなく、目や鼻にツンツン来る何かのガスの刺激臭である。
しばらく放置しておけばガスが揮発して薄まるかと思いきや、一時間ぐらい置いてもツンツンは変わらず、仕方なく輪切りにしてみた。切ると先程以上の強烈な臭いで、おっかなびっくりそれを口に運ぶ。喉の奥がピリピリしてそのまま意識が遠のくんじゃないかと思ったが、ピリピリだけであった。次はそれを薄める為に醤油を垂らしてみると、結構いける。ピリピリと硫黄の臭いと醤油の香りがマッチして、至福の味であった。
というわけで、ピータンはうまい。二日に一遍は近所のスーパーで焼酎のお供にピータンを購入している。二個入って315円なので結構な物なのだが、やめられない。
いや、数日前に買ったピータンではあのピリピリは味わえないのであるが、それを心の中で再現しようとしているのかもしれない。
ともかくピータンはうまい。


本日は撮影に

今日は仕事の撮影で、東京発7:52の新幹線で高崎へ。
朝の新幹線、出張のサラリーマンでお盆並に混雑(お盆に新幹線乗った事無いけどテレビで…)。トイレ行ったら通路に人が立ってる。
隣を走る埼京線通勤快速川越行きの空いてる事。
終わったらなるべく早く戻って写真展会場に居るつもりだけど、駄目だと思う。


とんかつ食った


今日は三ヶ月に一度の、眼の診察の日。
御徒町からバスで湯島の東大病院に行く。
診察が終わったのが十一時過ぎだったので、御徒町の前の広小路に出て、前から行ってはみたかった「井泉(いせん)」でとんかつを食う。
宣伝文句の通り「箸で切れる」のかはどうか分からないけど、すごく柔らかい肉汁たっぷりのとんかつではありました。
店内も落ち着いて良い。眼の診察の時にはここで昼御飯を食べるのを決まりとしよう、そうしよう。


はしゃぎすぎて体調崩した

一昨日月曜日、仕事で麻布に撮影に行っていた。
その時は何とも無かったのだが、帰ってくるとなんかだるい。夕飯食って寝る頃にはもう本当に辛くなってきて、喉は痛いし鼻水は出るし。沖縄にも行ってきた事だし「すわ、(今流行りの)”あの”インフルエンザか?」とも思ったが、咳も無いし、測った訳ではないけれど体感で熱もそれほどじゃなさそうだし、寝るかと。明日一日じっとしていれば(する訳にはいかなかったのだが)治るかと思った。
翌日(昨日)起きると、どうやら熱は下がっている様。四時に実家に行かないといけない用事があったので、朝御飯を食べて、お昼ぐらいまで布団の中でゴロゴロ(落語を聴いたり浪曲を聴いたり…iPhoneの内蔵スピーカーって便利だな〜)して、我孫子の家を出た。西荻駅前の夢飯というシンガポール料理?の店でピータンのお粥をすすり、実家へ。
実家で婆ちゃんの客人と会ってから、寝る。そして夕飯にお粥を食い、寝る。
今日は起きて体温計を見つけ、熱を測ると六度四分。
旅に出ている間に、西荻の実家の近所のおじさんが亡くなっていて、婆ちゃんと線香をあげに行く。