
小さい頃から西荻の南口商店街にぶらさがっているピンクの象。なんであるんだか知らないが、店が変わっても、何十年もぶら下がってるピンクの象。もはや「ピンクの象の商店街」として欠かせない存在、ピンクの象。
今日通ったら靴下をはいていた。
日暮里の寄席
地下鉄ももうすぐ開業のようで、時間もできて(できなくても行ったかもしれないが)、日暮里駅の近くにある公民館みたいな「サニーホール」に「日暮里特選落語会」というのを聴きに行ってきた。
布団をもう一つと思っていたので、柏で見て、日暮里へ。
日暮里の公民館みたいな「サニーホール」で、寄席みたいに色々落語会をやってくれるのは良い。
中央線沿線に居た頃は末広亭によく行ったけれど、今は新宿は遠いし、上野の鈴本は近いけれど、どっちみち圓楽一門や立川談志一門は閉め出されたままで、トリ以外の人の持ち時間は概ね十数分で、それぞれの噺をみっちり聴くという感じでは無いし。
寄席は寄席の良さが(色々な人の噺を聴けて時間に比べ料金が安くて、奇術や漫才や太神楽や紙切りや三味線漫談なんて芸も楽しめるとか。)あるんだけど。
最前列に女子高生がお母さんと二人で来て居た(なぜ女子高生と分かったかというと制服を着ていたからだ)。平日の六時半なんて年寄りしか来ないのだろうと思ったけれど、会社帰りのおじさんや、若いカップルなども居て、客席も明るかった。しんみり聴かせるというよりも、明るく笑わせる噺家が次々出てきて、けれども一人一人二十数分はしっかりやって、面白かった。
けれども面白かったからと言って、「また来よう」と思うかと言う気持になるわけではないから、落語は面白い。
いや一般論であってこの会の感想ではない。このただ楽しく笑う落語も、本寸法で良いよね。
中入りでロビーに出て携帯電話を点けたら、柏の靴屋から底が減ってきたので取り替えてくれる様に頼んでおいた靴について留守番電話が入っていた。どうせ柏をうろうろして、その店の前も通過していたのだから寄っておけば良かった。
出演者(出演順)
春風亭柳桜・立川談幸・桂小文治・柳亭燕路・三遊亭吉窓・立川文都
立川流の人は始めて聴いたのだけど、談幸という人は随分笑いを取っていて、二つ隣のおっちゃんはゲラゲラ笑いっぱなしだった。
立川文都という人は関西弁で上方落語っぽいし、先代の細い桂文我に姿形も話し方も似ているから、その弟子で談志の預かり弟子か何かかと思って家に帰ってインターネットで調べてみたら、彼自身のホームページによると最初から談志の弟子らしい。
前座は確か、立川松幸という兄ちゃんだったと思うけれども、噺を忘れない様に追うのが精一杯と言った感じで、早口なのがどうも。自分は知ってるストーリーだから良いんだろうけど。でも前座というのはこんな物か。その後出てきた柳桜さんが、「彼がもうちょっと長くやってくれればあめ玉を舐め終えたんだが」なんて言っていた。
秋葉原無差別殺人について思う事
昨晩、西荻でmixiの人と呑んでいたのだが、その中の一人の女性が言っていた。
彼女はアノ事件が起きた時、秋葉原の現場に居合わせたそうだが、道に倒れた被害者、心臓マッサージをしている人の周りをケータイ持った大勢の群衆が取り囲んで、写真撮っていたんだそうだ。
それは異様な光景で、とても腹立たしかったそうなのだけど、だからと言ってそんな関係ない人々が何かした所で状況が良い方向へ進むとは思えないし、またそういう野次馬根性から真実を知らせる報道というのは起こってくる(ミャンマーに行ってデモのビデオ撮ってて死んじゃった人なんかそうだし)のは分かるんだけど、やはり想像するだに異様な光景ではあると思う。
テレビや新聞は凄惨な現場だけではなくて、ああいう異様な光景こそ報道すべきだ。という様な事が彼女の話の趣旨であったと思うんだけど、よく覚えていない。
今日は夕方から撮影なので、そろそろ出ますか。
最後に、この事件は丁度七年前の付属池田小の事件と無関係ではないと思う。犯人を死刑に処してしまって良かったのかどうか。
アドレスブックの画像をコピーする
Macのアドレスブック(住所録)には、個々人に画像を設定する事ができて、その人からメールが来ると、メールの文頭にその人の顔が出てくるので、便利だ。
しかし個人はそれで良いとしても、仕事関係の人は名刺交換の度に顔写真を撮るわけにもいかないので、会社のマーク(ロゴ等)をどこからか、例えばホームページから持ってきて、アドレスブックのその人の項目に顔写真の代わりに会社のマークを設定している。
ただ、同じ会社の人の場合、他の人に指定している画像(イメージ・ピクチャ)をそのまま移せ(複製でき)ないものかと以前から思っていた。いや再びその画像をダウンロードしてきて指定すりゃ良いんだが、そうすると再び切り抜き範囲を指定しなくてはいけないので、微妙に位置や大きさが異なる、これはA型の僕としては許せない。第一面倒だ。
画像(イメージ・ピクチャ)のコピーぐらいできても良いものなのに、と思ったけれども、Googleで検索してみても何ら解決法は出てこない、困っている人もいないらしい。僕の探し方が悪いのか?
仕方なく試行錯誤、色々試してみて、「もう嫌だ」という頃になると、ふとできる事があって、それをよく考えてみると、
これまで画像をアドレスブックのその人の顔写真を置くべき部分に持って行ったのを、そこから外れた部分に持って行く(ドラッグしてピクチャを置く部分まで行かずに手を離してしまう)と画像の切り抜きはせずに、最初からその画像が収まった状態になり、無事何の手も患わせずに、他の人の画像を持ってくる事が可能な様だ。
久々に映画なぞ
昨日、急ぎの納品があって、築地に行った。行って帰るのも癪なので、日比谷シャンテで映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(goo映画の紹介・予告編)」を観た。
最近どうもお金が減らないと思ったら、映画を観たのは約二ヶ月ぶりだった。
石油に取り憑かれた様に働き、障害があってもまた立ち上がり、のし上がる為には自分の誇りを捨てて、泥だらけになって生きていく。
けれども突然現れた「弟」を信じ込み、むしろ自分から信じようとしてしまう様な気持さえ感じてしまう。
久々に凄い映画を観た(無理矢理用事を作ろうと適当に選んだ映画だけれども)。
細かい感想はこちらとこちらのブログが詳しい。
善福寺公園散歩
昨日西荻の実家に帰っていて、十一時頃公園の向こうの店に昼食を食べに。
婆ちゃんと雨上がりの散歩がてら。
久々のアルバム形式の写真日記。

いつも子供が遊んでいる遊具に誰も居ず。

公園の脇にある「善福寺浄水場(杉並浄水所)」。
小学校の頃社会科の副読本に、東京23区の地図に、各々の地区の水源が書かれた地図があった。他の地域全て「~川水系」だったのだけど、善福寺周辺だけわき水を使っていて地図の色が違っていたので優越感を覚えたのだけど、中学の頃にはもう他の地域と同じ、つまらない「~川水系」になってしまっていた。
けれども今日見たら、「地震の時に水を配る所」というような看板があったので、それぐらいの水を汲み上げる力はあるのかな?

着いた「M」はこんなお店。

すずきのムニエルにした。

外から見ると、こんなお店。

公園の野良猫。
七代目円生
ほぼ毎月日暮里でやっている、三遊亭鳳楽独演会に今日も行ってきた。
前から「円生の名を継ぐのはこの人だ」と思っていたけれど、先日朝日新聞の夕刊で師匠の円楽が「円生は鳳楽に、円楽は楽太郎に継がせようと思う。」という事をインタビューで語っていて、
そういう話は前からあったのは知っていたけれども、他の場所で円丈(圓丈)が「落語協会に残っている円生(圓生)の弟子は(破門された川柳と柳枝門下から移った円窓{圓窓}を除き)俺だけだもんな。」と言っていて、どうなるのかと思っていたけれど、
今日は会のプログラムに、その朝日新聞の記事の事も出ていて、「いよいよです」というような事も書かれていて、一緒に配られたイベントのチラシの鳳楽のプロフィールにも「七代目円生を近日襲名予定」と書いてあり、また中入り前の高座でも鳳楽自身、円生襲名の話に触れ「色々あったのもどうやら落ち着いて…」と落語協会分裂騒動からの軋轢の解決なんかもにおわせつつ、次の中入り後のトリで出囃子は正札附を使ってきて、「お…」と思わせ、もう八割方決まりなのだと思って嬉しくなった。
噺は相変わらず、ゆっくりとした時間の中で流れる。「愛宕山」は鳳楽にしては笑いの多い噺だったけれども、山の上に上がった描写は、見事だった。(当然それまでのヒーヒー言う登山の描写があっての事なのだが)
マクラの「自身が七代目円生を襲名する予定」という話の中で、「志ん生も固まったようですし…」って、誰なのかな?志ん輔だったら良いな。(真打ち披露興行に行った菊之丞も良いけど、彼なら今後期待できるし。)
落語の名跡は、偉大な先代(名を継いで歳を取った結果の)と比べてどうのという事ではなく、どんどんその名前をリレーのバトンの様に渡して行った方が良いと思う。
今は、録音ができる様になった時期と重なって、「昭和の名人」という様な事が言われているが、名跡を手の届かない所に祭り上げてそのまま葬ってしまおうとするのは如何なものかと思う。
例え六代目は七代目小さん(花緑)への繋ぎだと言われても…
晴れた平日の近所の公園

昨日は嵐、今日は晴れた。手賀沼公園。
絶食

ここ数日胃の調子が悪いので、絶食をして胃の中を空っぽにしてみる事にした。
昨日の朝トマトを二つ食べてから、何も口にしていなかったら、本当に胃が荒れていたのか不思議なもので殆どお腹が減らず、今日夕方になって、ようやく空腹を覚えたので、おかゆを炊いて、食べた。
おかゆを一膳だけだけど、本当においしくて、お腹が減っていたんだなあと。
午後から雨が降り出すなんて言っていたけれども、やっと(もう日が暮れてきただけかもしれないが)空が暗くなって風が吹いてきた。
夕食はちゃんと食べよう。栄養不足を取り戻す為に。
蕗の薹の佃煮

行きつけの北柏のカフェ「Calla」の常連のお婆ちゃんからもらった蕗の薹(ふきのとう)の佃煮を肴にちびちびと。
八十九の婆ちゃんが側にいると、嗅覚がマトモなうちに香りを感じていたい、と切に思う。
噛みしめる毎に口の中に広がる香り、春。
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