年賀状は中盤に差し掛かって、プリンターの内部がへたって来たらしく、絵がかすれて出てくる。この際だからこの白黒レーザープリンターのイメージドラムとトナーを両方とも代えるかと、柏に出たものの、物が無いので秋葉原にできたヨドバシカメラでも行ってみるかと、高島屋の上のてんぷら屋でお昼を食って秋葉原へ。定食の味噌汁の具が幸いしじみ。昨日はワインを呑みすぎた。
奥羽線の特急の脱線事故。余目(あまるめ)と聞いて昔の事故(余目鉄橋という所で列車が強風にあおられて谷底に落っこちた事故じゃあなかったかと思う{こちらは余部でした 05.12.28追記})の事を思い出したが、調べたらあちらは兵庫県だった。言霊というのは案外恐ろしい。
ベビーブームとクリスマス
週末、以前借りた井伏鱒二の本を返すと云っていた近隣に住むU嬢が、夕方五時過ぎ、彼氏と共に来た。妊娠している事が分かったそうで、おめでたいことだ。
結婚して幸せになってください。
京王線沿線の家を探していたそうだが、妊娠が分かったら手狭になるという事で結局松戸の社宅に夫婦(赤ちゃんも自動的にだ)行くとか。
諏訪のユースホステルで会ったのは当時いた彼女と一般にいわれる人と行った学生時分。
などと思いつつ一人冷凍食品のスパゲッティを喰う。
冬至の日
朝、ガスの点検の人が来る。
昼、庭の柚(ゆず)を近所に配る… のは以前懲りていた(何しろトゲで手が傷だらけになるし、ましてや今日は風が強くて寒い。)ので、それぞれ呼んでもいでもらう。向かいの家の女の子もお母さんに連れられて来る。
もらったかぼちゃの煮物をおかずに、御飯は以前炊いて冷凍庫に入れておいた物をチンして、御歳暮にもらったビールを呑みつつ、夕飯。○ビスビールを呑むなんて、一年にこの時期だけじゃないかしら?
夜の道

北柏のカフェ「Calla(カラー)」から夜七時、歩いて帰宅、田舎道を。凍てつく夜、オリオン座の方向に歩く。その形から古来日本では「鼓星」と云われていたそうで、なるほど。
この国では見てはいけないのです
「日本の形 鮨」なる面白いムービーを見つけて、現在北京に留学中の大学の同級生U嬢がチャットに現れた時、見せようと思ったら、「この国ではこの動画を観る事ができません」みたいなメッセージが(英語で)出て観られなかったそうな。
さすが中国。こういう情報統制というか、しっかりしているのね。権力者が見せたくないものは見せない。
(と思ったら、同じ日本紹介シリーズの「日本の形 土下座」を発見。ラーメンズというお笑い芸人のビデオらしいけれども、これを観た外国人が寿司屋で変な事をしない事を願う。)
昼間暖かいうちに、暗室の掃除を決行。野菜くずや冷凍食品の袋やひからびたご飯粒が散らばり、埃が溜まっていたのでそれらを掃除した。せめてこの写真ぐらいには片づいたのではないかと思う。
寒いけど満ち足りた日曜の午後
どんよりとした寒い冬の一日。駅前の床屋に行ってから、柏に出て東武野田線で大宮へ。携帯電話を家に置いてきた事を思い出すが、それも休日と開き直る。
大宮より宇都宮線で二つ行った「東大宮」(から正確には更にバスで少し行った)の喫茶店「温々(ぬくぬく)」(埼玉県さいたま市見沼区丸ヶ崎1856 電話:048-686-3620)で、好きな齋藤亮一(斉藤亮一)さんの写真展 『光の子』があり、それを観に行ったのだ。
喫茶店「温々(ぬくぬく)」は古民家を改造したという落ち着いた空間。
齋藤亮一さんの写真はいつも暖かい時間の流れを感じる。
いらっしゃった齋藤さんと写真好き(それで齋藤さんの写真を展示することになったらしい)というマスターと充実したお話をしながら、アールグレイ(紅茶)とケーキを頂いて、マスターに書いてもらった地図を頼りに帰りのバス停まで冬の夕暮れの中をとぼとぼ。
廃品iBook
今夏、PowerBookを買うまで一年ほど使ったiBook(G3 800Mhz)。新しいのを買ったらバカ妹にでもやるかと思っていたのだが、既にその前のiBook(だいだい色の二枚貝みたいな大学に毎日取っ手を持ってぶら下げて行って「あなた本当に写真学科?」と云われていた)が行っていたので、何かもったいなくて、買ったPowerBookに付いてきた最新のOS10.4(PowerBookはそのまま10.3)を入れて遊んでみる程度に考えていたのだが、これが予想以上に便利。
机の上のPowerBookに有線で入ってきたインターネットを無線LANで飛ばす(PowerBookを無線LANの基地とする)と、布団の中からメールチェックやmixiのチェックができて便利(無論ホームページを見たり、このブログの更新をしたり、机の上のパソコンでできる事は全て)。
なんかご近所一周してきた

映画「メゾン・ド・ヒミコ」を、家の前の沼の後ろにある(位にしか認識していなかったけど結構遠いのね)国道沿いのでっかい車の用品店に入ってる映画館「スーパーオートバックスシネスクープかしわ沼南」で観ようと、一旦柏に出てから東武バスで大津ヶ丘の方へ。
結局目的のバスが来なくて、国道を歩いて、結局遅れて観られず。
郊外特有の、場所にあかせてやたら広い、ホームセンターみたいな車の用品店の二階におまけのように映画館があって、でも数スクリーンあるみたいだから中は広いのかも知れないが。(観ていないのでなんとも云えないけど、郊外のこういう「ついでに映画館」みたいな所は、往々にしてフィルムをテレビみたいな電子信号にしてからスクリーンに映して「ハイ、映画。」というパターンがあるので要注意。)
国道の歩道は、案の定ガードレールも無くすぐ横を大きな車がゴーゴー通り抜けていく。空気も悪い。
そのまま大津ヶ丘団地から手賀沼を超えてくるバスで帰宅。
路傍の秋

「時代の臭いをコピーできるのか?」(ALWAYS 三丁目の夕日)

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を観た。
昭和三十年代という、「豊かでは無かったけれど、明日への夢があった。」時代に懸命に生きる人々の姿。
ってんだけど、昭和三十年代の良い所だけをすくい取って、「これがあの頃」って云われても、それは違うだろ!と私は思うわけですよ。こんなんで感動するのは、「プロジェクトX」観て「あの頃は…」と涙を流す程度のオジサマ方か、「これが昭和三十年代」と見事に勘違いしちゃう若者(これが一番怖い)ぐらいのものですよ。
「特撮を駆使して昭和三十年代の町並みを…」というのもどうも首をかしげざるを得ない。いや、非常によくできているとは思いますよ。けれども、「時代の臭い」というのか、そういう物という点では、とても(今NHKの衛星放送で再放送しているけれども)寅さん(「男はつらいよ」)の初期の作品(あれは時代が下るけれども)にはとても適わないと思うのですよ。例えばさくらのマニアックな白いハイソックスであったり。
ストーリーは至って陳腐。引き取った孤児を(なぜか?昭和三十年代だからこそ、あんなに簡単に他人の子を引き取って面倒見るなんて事はしないんじゃないかな?)育てる吉岡秀隆、その孤児が実はお金持ちの子どもで、(案の定)黒塗りの車で引き取られていくのだけど、結局その子どもはお金持ちの家を捨てて貧乏な吉岡の元に戻ってくる。涙々。
同じような戦後の孤児の話だと、小津安二郎の「長屋紳士録」(感想ページ)の方が遥かに良いですよ。たらい回しにされる子ども、幾ら邪険にされようとも、誰かにすがるより他ないのだから。
そこには、「男はつらいよ」と同じ様に、同時代の世話物としての現実感がある。
ストーリーとしては他にも色々エピソードがちりばめられているのだけど、その一つ一つに胡散臭さが付きまとっている。
ともあれ、この映画が「癒し」として現在の自分を消極的に肯定する機能は果たしているのだろう。
庭の草刈りをしていたら見つかった、みょうがの花、こんな花が咲くんだ。
Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /virtual/masudaarata/public_html/www.masudaarata.com/photodiary/wp-includes/formatting.php on line 4387