今日は三ヶ月に一度の、眼の診察の日。
御徒町からバスで湯島の東大病院に行く。
診察が終わったのが十一時過ぎだったので、御徒町の前の広小路に出て、前から行ってはみたかった「井泉(いせん)」でとんかつを食う。
宣伝文句の通り「箸で切れる」のかはどうか分からないけど、すごく柔らかい肉汁たっぷりのとんかつではありました。
店内も落ち着いて良い。眼の診察の時にはここで昼御飯を食べるのを決まりとしよう、そうしよう。
投稿者: arata
汽車汽車シュポシュポ
僕の入っているmixiの青春18きっぷのコミュニティで、オフ会というか、みんなで蒸気機関車に乗ろうという話で、高崎からSLみなかみ号に乗ってきた。
高崎を9時56分に出た汽車は12時4分に終点水上に着く。そして帰りは15時20分に水上を出て、17時17分に高崎に帰ってくる、というダイヤ。
高崎駅のホームで待っていると、先に入ってきた六両の青い客車に、前からバックしてきた黒光りする大きな機関車が客車にくっつく。
体のあらゆる所からシュウシュウ煙を吐いて、この存在感は実際に体験しないと分からないなと思い、今日参加して良かったとも思った。
朝御飯を食べていないのでお弁当を買って、参加者総勢九名が集まって幹事の人からSLの切符(片道510円)をもらい、乗り込む。
「ブォー」と汽笛を鳴らした後少し間を置いて「ガッチャン」という連結器の音と共にのそりのそりと動き出す。加速してシュポシュポ言いながら走る、客車の中はどことなく煙臭い。
息せき切って一所懸命走ったとしても、今の電車やディーゼルカーにはとてもかなわない。昔の人はこれで「畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ」なんて言っていたんだから幸せなものだ。並行する中山道(国道17号)を走る車にどんどん追い抜かれていく。
沿道には本格的にカメラを構えた人はもちろん、子どもを抱えたお母さんが携帯電話のカメラを構えているなんて人が多い。
車内は鉄道オタクとおぼしき周囲に淀んだ空気を漂わせている人も居るが、家族連れが多い。トイレに行ったらベビーカーがドアの所に立てかけてあったのはびっくりしたが。
水上に着くと駅前の店でお切り込みを食べて、旅館のバスに乗って日帰り入浴に。行ってから幹事の人が訊いてそこに決めたらしいが、参加者は後からボーッと着いていけばいいので非常に楽である。
温泉に浸かってから、帰りの旅館から出してくれるバスの時間まで一人で温泉街を散策。集団で行動していると、寂しい風情というのを体が欲してくる、というのも寂しい性だが。
春に訪れた所だけれども、その時は温泉街の入口しか見られなかったので、ゆっくり散策。
温泉で火照った体を冷まそうと、豆腐アイスというのを買って店先のベンチで街を眺めながら風にあたる。
水上駅に戻ると、シュウシュウ言いながら機関車が戻ってきて、再び客車と連結。
帰りは水上からゆっくり山を下りていく。刈り取られた稲が田んぼで干されている。
途中沼田の駅に停車中、覗いてみた機関室。
行ってきます
サンライズ(こないだの旅で乗った寝台特急)に乗って旅行に行った友人に刺激された訳じゃないけれど、今日は高崎〜水上(群馬県の入口から出口?)で運転される「SLみなかみ号」に乗りに行く。
十時高崎発なので、朝六時過ぎに泊まっていた実家を出た(新幹線に乗る金など無いし、だいたいそんなの今回の趣旨に反しているではないか。)。今高崎線の中で鴻巣過ぎたくらい。
写真展をやります

ついに昨日、展示のために半切(35.6×43.2cm)の印画紙に焼いた写真41枚を、額装を依頼する業者の人に渡し、後は会期前日の搬入をするのみとなった。
10月14日〜10月23日 新宿タカノフルーツパーラーのビルの4階にあるコニカミノルタプラザにて、写真展「屋上天国」をやります。
デパートの屋上に集う様々な人々の姿を切り取った、写真です。
仕事のサイトを更新しつつ、前にやってから二年以上経つのか… などと思いつつ、こんな写真です。
(まだ案内葉書が千何百枚余っていますので、配るあてのある方は言って頂ければお送り致します。)
只今ブツ撮り中
仕事をしている某タイル会社から、タイルだけスタジオで撮るブツ撮りもできないかという事だったので、懇意にしている赤坂の料理写真のスタジオを借りて撮らせてもらった。
「今の光線状態でどう撮るか?」の自然光と違って、じっくり好きな様に光を動かし、強めたり弱めたり、ピーカンにしたり薄曇りにしたり、面白い。
はしゃぎすぎて体調崩した
一昨日月曜日、仕事で麻布に撮影に行っていた。
その時は何とも無かったのだが、帰ってくるとなんかだるい。夕飯食って寝る頃にはもう本当に辛くなってきて、喉は痛いし鼻水は出るし。沖縄にも行ってきた事だし「すわ、(今流行りの)”あの”インフルエンザか?」とも思ったが、咳も無いし、測った訳ではないけれど体感で熱もそれほどじゃなさそうだし、寝るかと。明日一日じっとしていれば(する訳にはいかなかったのだが)治るかと思った。
翌日(昨日)起きると、どうやら熱は下がっている様。四時に実家に行かないといけない用事があったので、朝御飯を食べて、お昼ぐらいまで布団の中でゴロゴロ(落語を聴いたり浪曲を聴いたり…iPhoneの内蔵スピーカーって便利だな〜)して、我孫子の家を出た。西荻駅前の夢飯というシンガポール料理?の店でピータンのお粥をすすり、実家へ。
実家で婆ちゃんの客人と会ってから、寝る。そして夕飯にお粥を食い、寝る。
今日は起きて体温計を見つけ、熱を測ると六度四分。
旅に出ている間に、西荻の実家の近所のおじさんが亡くなっていて、婆ちゃんと線香をあげに行く。
錦江湾の夕陽

一枚だけ載せておきたいと思っていた写真があった。その場ではiPhoneの内蔵カメラで撮ってしまったので、写真日記にアップロードする事はできなかったのだが、帰ったら載せようと思っていた。
奄美大島へ向かうフェリーのデッキから見えた錦江湾に沈む夕陽。背中の方には桜島があったから、向こうに見える陸地は指宿・枕崎の半島だろう。
こちらでは雲に隠れて直接夕陽を見る事はできないのだが、海の向こうには雲間から日が差している。
帰ってきた
寝台特急に乗る坂出では、松山からずーっと鈍行を乗り継いで一緒だった、鹿児島から来たという女性二人と一緒に、坂出駅前のジョイフルというファミリーレストランで夕飯を食ったので、思いの外時間がつぶれた。
どっかのサイトで誰かが書いていたが、「千円出すのと出さないのでは天国と地獄」というのは言い得て妙で、帰りの部屋は「シングル」にして良かった。天井が高いと色々できる。天井が低いと何をしようにも上がつかえて。
寝台特急に十時前に乗って、十一時頃までは起きていたのだが、すぐに睡魔に魅入られてしまい、目が覚めたのは夜中の一時頃、名古屋の辺りだった。
しばらく車窓を眺めていたのだが、二度寝に突入してしまい、目が覚めたのはもう熱海を出て横浜に着こうという頃だった。
という事は、熱海や沼津で半地下の様な部屋に居た僕は、ブラインドを上げてグーグー寝る姿をホームの人達に見せつけてしまっていた訳で。
僕は物凄く寝相が悪い。寝て起きたら頭と足が逆になっている事などしょっちゅうで、奄美大島のユースでは冊の無い一段ベッドで、夜中にフローリングの床に転落して飛び起きた位だ。
横浜。街はもう動き出している。

八時半頃帰宅、まあ色々良い思いもしたけど疲れた。
さらば四国
先程まで晴れていた松山も、少しずつ雲が湧きだした。日が沈んでいくのとあいまって、夕刻らしい車窓の景色。

松山発16:20の鈍行で、東京への帰途の旅は始まる。もっとも、松山-伊予西条-観音寺-多度津-坂出 と来たら21:45に、高松から東京へ向かう寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗るだけなのだが(もう関西や東海道を数日かけて帰るのも飽きた)。来る時と同じ様にというのも癪だが、帰りは寝台特急の個室を千円奮発して「ソロ」から「シングル」にした。別段居心地が悪かったという訳では無いのだが、帰りはあの「押し入れの中みたいな部屋」では無いのにしたかったのだ、車内で貰える部屋紹介の小冊子に「おすすめ」としてあったし。
松山からの電車は四国東西のほぼ中間、伊予西条止まり。
と思ったら、ここまで来た二両の列車を前後に離して、前はこの先の高松方面行き、後ろは松山行きとなって松山に戻る事となった。

松山探訪
昨日は松山の町をぶらぶら。
四国には八十八ケ所の寺を巡る遍路道がある。

松山城に昇るため、木屋町の電停から路面電車に乗る。

リフトで上がり、松山の街を見はるかす茶屋で、かき氷を食べる。

松山城天守より街を見下ろす。


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